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「そんなこと位は造作もない。おれにとつては小指の先の芸当だ」
「はあ、見て参ります」
「どういたしまして。お茶位さし上げんと」
「へえ、いえ」
房一はあれから相沢の息子を診みに五六度行つた。殆どその度ごとに会つているので、相沢知吉といふ人物については一通りのことは知つているつもりだつた。同時に相沢の経歴についても聞知していた。
すると、道平の半ばひきつゝた表情の中には、又あの悦ばしさが、かうして歩いて来たことを人に見られるといふ満足が、ゆつくりと、何だか紙のずれるやうな工合に上つて行つた。
「だつて、喜作さんはこの土地にはいないでせう」
と、房一はぐいと身体を起した。それがあまり突然だつたので、傍にいた徳次は慌てて立ち上つた。
「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」
さう云ひたげに、練吉は近眼鏡の奥で切れの長い目をぱちぱちさせ、ちよつとあたりを見まはした。一種気楽げな表情がたちまちその顔に浮かんだ。
「いや、いや」
「ふうん、それもよからう」
「そんなことができるもんかねえ」