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「うん、何かア」
が、ふいに一つのことが彼の頭に閃いた。それは盛子の妊娠だつた。それもたつた今さつきはじめて耳にしたことにちがひなかつた。が、この事はすでにずつと前に聞き、彼の心にぐつと深く喰ひこんでいることのやうに、思ひ出すと同時に何か身体中がさつと目覚めて来るやうな厚ぽつたい感覚で蘇つて来た。
と、急に練吉が小耳にはさんで云つたのは、多分黙つて他のことを考へていたのだらう。
その時、練吉はぐつと盃をつきつけた。
それは初めて口に出す言葉だつた。
「印度洋の方では、何とかいふ軍艦がたつた一隻で荒あばれまはつているんだつてね。それがちつとも捉つかまらないと云ふから面白いねえ」
房一には連れが二人あつた。
「何しに来た!」
徳次は身体中からこみ上げて来る悦よろこばしさのためにさうなつたかの如く、思ひ切り伸び上るやうにして答へた。だが、それも向ふにはよく聞きとれなかつたらしい。房一は川向ふで手をふつた。下手の方を指さした。徳次には判らなかつた。房一は又自転車にのつた。
すると、間もなく診察室の方から急ぎ足で出て来た房一は、道平を見るなり、
「ちつとも知りませんでしたよ」
道平が口をうごかせるまでには随分手まどつた。
「いや、あれは私が勝手に頼んで来てもらつたんですからな、御心配はいりませんよ」